さくらだより第9集

藤の花の美しいころとなりました。覚えていらっしゃいますか?一年前の恐ろしい事件の数々を・・・

 何がそうさせたのでしょうか。考えても、考えてもわかりません。

バスジャック事件

 ゴールデンウィークの一日、想像もしないニュースが飛び込んでくる。少年が高速バスの中で包丁を振り回し、しかも殺人も犯しているという。ここ日本国内で、バスジャックが起こるということに対して、無防備であった。それからというもの、包丁や金属バットを用いた少年による殺人事件のニュースは、まさに世紀末のようであった。事件そのものより、なぜそのようなことを考えるのかが、不思議でならなかった。ある月刊誌に『「なぜ人を殺して悪いのか?」と子供に聞かれたら』という特集があった。なぜ人を殺してはいけないのか、という質問を考えたこともなかった。


赤羽刀展
 第二次世界大戦の終結後、連合占領軍によって接収され廃棄される運命にあった日本刀が、当時の刀剣関係者の尽力により保管され、岡山県においても披露された。研磨されたもの・錆びたままのもの・鎌倉時代に製作されたもの・銘が鮮明に読めるもの・太刀ばかりではなく、脇差や薙刀もある。
 静まり返った展示会場の中で、これらの作品と対峙する時、製作者の想い・これらを携帯して戦地へ赴く人を見送ったであろう人々の気持ちが伝わるような気分になる。
 波紋、切先、反り・・・刀に素人の私でも数百年前の作者の工夫を感じる。数百年の年月を経て、その作品を世に問うことになった作者の銘に心を動かされる。何を伝える為に、今ここに日の目を見ることになったのだろうか?
日本人が大切にしてきた『武士道精神』を伝えるためではないのだろうか。



異物混入
 店頭からあるメーカーの目薬がすべて回収された。理由は異物の混入。これに先立つ牛乳の回収遅れによる広範囲の食中毒発生に、国民の神経は敏感であった。この事件以降、一体何件の回収があっただろうか。
 牛乳による食中毒は、企業の衛生管理のずさんさによるものであることが後に判明した。回収され廃棄される牛乳を提供した酪農家の心境を思いやると、たまらない気分である。

ずっと昔のことであるが、家の近所に乳牛を飼っているところがあった。子供であった私は、時々その牛のところに遊びに行き、搾りたての牛乳をご馳走になった。ほんのり暖かく甘かった。コップ一杯の牛乳を大切に飲んだ。
牛乳が水と同じ価格になったのは、一体いつからなのだろうか?

目薬への異物混入は、金銭目当ての脅迫によるものであった。グリコ事件の再来かと思われたが、案外あっけなく事件は解決した。しかしそれ以降、目薬のパッケージは薄いフィルムで覆われており、開封防止策がとられた。考えてみれば無駄な話である。

もう少し高い価格で牛乳を販売することが出来ていたら、生産効率ばかりに気をとられずに加工乳を生産することが出来たのではないか?
目薬を誰でもが手に出来る陳列棚に陳列しなければ、フィルムなどの開封防止の為の過剰包装は不要ではないのか?

『価格破壊』という言葉が持て囃される。これでもか、これでもかと安売り合戦である。その陰にリストラで職場を追われた人もいる。生産性を重視するあまり、何が本当に大切かがわからなくなる。

なんと殺伐とした世の中になったものだなあと思う、二十世紀終わりの年。


医療過誤
「調剤業務の妨げとなる場合がありますので、電話をお貸しすることは原則としてお断りさせていただきます。」という張り紙を張りました。
 本心を言えばこんな張り紙など張りたくは無かったのです。困った時はお互い様ですものね。ところがそうも言っておれない事情ができてしまったのです。皆さんへ理由を説明することが出来ないので、この紙面を借りて説明させていただきます。

 ます、院外処方箋の発行率が増えて、様々な医療機関から処方箋が持ち込まれるようになりました。使える医療用医薬品は現在約一万六千種類。もちろん其のすべてを在庫しておくことは不可能なので、在庫をしていない薬については近隣の薬局との連携で対処します。または薬の問屋さんへ至急配達の連絡します。この手段が電話です。
また持ち込まれる処方箋が、いつも完璧ななものとは限らないので、処方意図を確かめるために処方箋発行医師に連絡をします。薬の名前には似た名前で、作用が全く別というのはたくさんあります。同じ名前で容量の異なるものもたくさんあります。特に初めて持ち込まれる処方箋には、以前の処方薬の記録が無いだけに神経を使います。しかし医師にすぐ連絡がとれるとは限らず、後に連絡がくることもあります。これもまた電話なのです。
さらにパソコンを眺めながら、前回処方と比較し、変化が無いかをチェックしています。一枚の処方箋が頼りですから、手元の記録との突合せは大切なチェックになります。こんなとき「ちょっと電話を・・・」というお申し出は、思考の中断を引き起こしてしまうこともあります。

医療過誤がおこる時は、ほんのちょっとした行き違いがほとんどだと思います。後で考えると、あの時少しゆっくり考えたら…なんて思うことが良くあります。そんなちょっとした行き違いを少しでも起こさないように、先の張り紙を張らせていただきました。何卒趣旨をご理解の上、ご容赦いただけますようお願いします。

 昨年は、医療過誤のニュースの多さに驚いた一年でもありました。報道の中には、昨年起こったものでないものもありましたが、度重なる事件に「安心して病院にはかかれない。」と思ってしまいます。

 しかしどんなに不安に思っても、病院とは縁の切れない人もおられます。そんな人の立場を代表して、筋ジストロフィーという病気の為に人工呼吸器が手放せないながらも、いつも前向きに生きておられる方のご意見を書いてもらいました。どうか一人でも多くの方に、今の医療の実態について、考えていただきたいと思います。



患者の立場から
私がかかっている病院の筋ジス病棟に入院する時、いつも看護婦さんの勤務の大変さを実感します。この病棟では気管切開をしている人などほとんどの患者が重症で、日常生活全面で介護が必要なのですが、毎日限界に近い人数の医療スタッフで職務にあたるという過酷な状況です。更に過酷な勤務体制の病院が多いようですが、よく報じられる医療ミスでは、過度の疲労が要因のひとつになっているといわれています。

そうした背景も決して見逃すことは出来ないのですが、命を預けている本人やその家族にとっては、事故に直面すると、当然ながら決してやむをえないとは考えられないのです。
どうして、そんなミスが・・・.と思うような医療事故のニュースを耳にすると、やはり当事者を責め立てる様な感情を持ってしまいます。

病院のお世話になっていて問題に直面していない間は、医療スタッフの人を信頼しているもので、安心できるはずのところだという意識があります。このように事故がなくてあたりまえのようにとらえられるのですから、医療者側の精神的負担を想像することができます。

しかし私の立場の場合、もしも個室にひとりで寝ている間に呼吸器が外れたら・・・、ナースコールが鳴らなかったら・・・などと考えると、自分ではどうしようも出来ないので怖くなってしまうことがあります。
医療としては日常的に注意する姿勢があっても、なにかの拍子で見逃し易そうな些細なことが心配になる場合があります。注意すべき事が多くて大変だと察しますが、そうした些細なことが大きな事態を招く可能性があることを思えば、患者側の不安を心にとめて、「どんな理由があっても事故は起こさない」という意識を強く持っていて欲しいと願います。

しかし医療に限ることではありませんが、一番大事なことは、いつも相手の立場になるという事ではないでしょうか?そして私達患者もまた、医療スタッフの方の立場になり、感謝の気持ちを忘れてはいけないと思います。

(長岡 功治)


飲酒運転
車を運転する人間がそれほどに増えたのかどうか、車が増えたように思う。時々街に出るとウンザリするくらい、車、車。いくら道 を直しても、混雑も事故もなくならないはずである。

事故にもいろいろあるだろうが、凶悪事件 とさえ言える事故も多くなっているように思 うのは気のせいではないだろう。車が増えたとはいえ、それだけのせいとはとても思えない。

運転者は皆、自動車学校で運転に必要な情 報を学び、技術を身につけているはずだが、 そうも思えないような暴走に出くわすことも ある。また、携帯電話による事故のような不 注意運転による事故も増えた。

「車は便利な移動手段である」というだけではない、ということを忘れている人が増えているのではないだろうか。走行中のほんの数秒の不注意が人の命をも左右することがある。
この恐ろしい現実を軽んじる者が車を操る行為は、それ自体が過失であるとすら思う。
また、車中心に作られてきた道路のあり方も、今後見直されていくべきだ。歩道を走れない自転車が車道を走る様は非常にあやうい。
かくいう私も自転車で車道を走っていて車に はねられた。相手は飲酒運転だったが、もし 自転車道があったなら、未来は違っていたか もしれない。

自分が被害者になるのも、加害者になるの もつらいことだ。つまづいて転んでも痛いだけだが、車は命に関わりうる。今後の技術開 発により自律運転や誘導システムなどが出てくるかもしれない。が、それでもやはり、自分も含めた人の命を握っている認識は、捨てて欲しくないと思う。

(清水 直樹)




 平成十三年から、飲酒運転により事故を起こした場合は、従来より厳しく罰せられることになりそうです。贅沢品であった自家用車も気がついてみると、必需品です。
交通渋滞や環境汚染対策に、市内のマイカー乗り入れを自粛しようという、試みも実施されています。ところが、一度便利さを味わうと、それを手放すことは容易ではないですね。

 その一方で、この便利さの代償を体験される人も増えているという現実に、心を留めたいものだと思います。
便利といえば、インターネットの便利さを体験されましたでしょうか?もしまだ・・・という方がおられましたら、『アップロード』をご紹介しましょう。病気が契機となって、パソコンの勉強をされた方です。一年前は私のほうが先輩だったのですが、今年は追い越されてしまいました。




アップロードについて
パソコンを始めたい、インターネットをしてみたい。
パソコンを買ったけど何をしたら良いか解らない・・・。
高い買い物をしたと、あきらめていませんか?
そんなあなたに朗報です。山陽団地にパソコン教室が、出来ました。

パソコン教室では、Windowsを中心にやさしいパソコン入門・Word・Excel入門、インターネット・E-Mail、ホームページ作成(入門編)、またイラストの作り方、オリジナルカレンダー・はがき(年賀状)・名刺の作成など、学びたいことを選んで、いつからでもスタートできます。 

また、シニア(60歳以上)やジュニア(小学生まで)を対象に、右記のコースの他に、ゆっくりと学んで行く「ぱそこん倶楽部」があります。60歳以上の人もローマ字入力から頑張っています。
この機会にチャレンジしてみてはいかがですか?

連絡先・・・山陽団地3丁目4-15TEL&FAX(0869)55-4617 河原まで


醍醐桜
 岡山県の北、落合町に樹齢千年といわれている桜がある。二十世紀をずっと眺めてきたことになる。
 ここ山陽町から旭川沿いに曲がりくねった道を車で北進すると、桜吹雪の長いトンネルを過ぎたところにある。心を奪われるほど、美しい。近くで見るより、少し離れて眺めるほうが、威厳を感じる。

桜の花の命は長くても十日。その花が散らないうちにと、あわただしく花見をする現代人を、千年を生き続けたこの桜は、どう見下ろすのかな。長い歴史の中の、ほんの一コマ。



ヒトゲノム解読完了
二千年六月の終わり、米国クリントン大統領と英国ブレア首相が揃って、人の全遺伝子配列が解明されたことを発表した。
将来どんな病気にかかって、いつ寿命が尽きるのかがわかるようになるなんて興ざめた話だけれども、今後いろいろな病気の治療法に活用される日を夢見ることができる。
「あなたの遺伝子のこの部分のアミノ酸の配列が、骨粗しょう症を発病しやすいのです・・・」なんていう説明がされる日がくるのだろうか?
圧迫骨折を繰り返される患者さんに、「痛くても寝たきりにならないように、出来るだけ歩くようにして下さい。」なんていう、ちょっと残酷な説明が、将来昔語りとなるのかな。
「このお薬は、あなたの遺伝子の骨形成に関係のある部分のアミノ酸配列を修復します。」・・・なんてね。

前立腺ガンの遺伝子治療が、岡山大学医学部で開始されたらしい、二千一年の春。


後 記
 今年は「さくらだより」の編集に取り掛かる3月初めに、長岡さんが風邪にかかりました。筋ジスの患者さんにとって、風邪をひくことはとても恐怖。とても心配をしておりましたら、今度は彼のパソコンが壊れてしまいました。大阪在住の彼との通信手段は、電子メールのみ。桜のつぼみはだんだんと膨らんでくるのに、彼とは全く連絡がとれず。
 そんな土曜日の昼下がり、予想外の芸備地震。その日の夕方の携帯電話は、なんと彼からのもの。
「地震、どうですか?」と彼。
「大丈夫よ。そちらは?」と私。
「あんまり良くないのだけれど」。
てっきり彼の体調だと勘違いした私は、その後パソコンの調子とわかって、心から安心しました。
挿絵は、山陽町にお住まいの   斎藤明子様にお願いしました。

発行日 2001年5月
 赤磐郡山陽町岩田63-1
 さくら薬局
 TEL: 08695-5-5510
http://www.harenet.ne.jp/sakuraph/

斉藤 明子さん ギャラリー