さくらだより第17集

外は赤磐市長・赤磐市議会議員の選挙カーが行き来している。それを聞きながら、合併から四年が過ぎたことに、気がつく。いつの間にか「山陽町」という町名が過去のもになってしまった。
「赤磐市民」にも慣れてきた、この頃。

後期高齢者
 この言葉が表に出るとは思わなかった。「後期高齢者医療制度」というシステムになるということは、事前に聞いてはいた。しかし、保険証に記載されるという意識はなかった。大変なブーイングの後に、今は長寿医療制度という名称に変更されたが、どちらのネーミングも共存している。
 しかし、よく考えてみると名称に嫌悪感を抱くのではなく、特定の年齢で線引きをしたことに、受け入れ難い感情を抱いたのである。
 『年齢』って、何なのだろう?

混 沌
 中国の紀元前の思想家荘子が考えた帝の名前。目・耳・鼻・口がなくのっぺりした顔だったので、別の国の帝が帝『混沌』の恩情に報いるために、その顔に目・耳・鼻・口の穴を開けて差し上げたところ、混沌という帝は死んでしまったというお話。
 今、この言葉が頭に引っかかっている。情報が錯乱して、人間という生物が本能として持っている機能が働かなくなっているような気がするのである。
 賞味期限切れにあたふたしたり、農薬混入の餃子におびえたり、うつ病が急増したり・・・・。

 「混沌として、先が読めない」など言う時、様々な要素が入り混じって判断ができないというニュアンスを持つが、物事の本質を見定める労力を放棄して、判断できないという用い方をしているのではなかろうか?と感じている。 チベットで北京オリンピックボイコット運動が起こった。
聖火ランナーが突然車の中に取り込まれて、また別の場所から手品のように現れる。 平和のシンボルであるはずが、なんだか物々しい。
 冷凍餃子にメタミドホス混入騒ぎに続き、四川大地震で、本当にオリンピックが開催できるのか?と他国のことながら心配をした。 しかし、終わってみれば素晴らしい大会であった。
 開会式の壮大な仕掛けは想像以上であった。ことに少女がたった一人で、堂々と広い会場に姿を見せると、圧倒されてしまった。 オリンピック前夜に起こっていた様々な不安要因が、一掃される感じがした。
  翻って昨年一年は日本でも「崖の上のポニョ」という歌が大流行して、お下げの少女に魅せられた。 子どもの持つエネルギーは、測り難い。

ヤッコソウ
 昨年春、自然保護センターで「空海と植物」と題して講演があった。特に信心深いわけではなく、仏教の経典に興味をもっているわけではないが、植物という題に引かれて足を運んだ。
 保護センター内には、桜が満開で、鶯がさえずり、タンチョウの美しい姿を近くで見ることが出来、春の時雨の中の散策は充分に贅沢な気分にさせてもらった。
  ここでも親子づれの子どもの声が池の水面に反映して、心地よいバックミュージックを奏でていた。 その講演の中で、「ヤッコソウ」という植物のことを聞いて、虜になってしまった。
  姿は、まるで子どもが両手を広げたようで、大阪万博のシンボルである『太陽の塔』をずっと小さくした形。葉緑素を持たないので、色は白。シイ・カシのような常緑樹の根に寄生する。 日本の植物学者、牧野富太郎が命名したとのこと。
  森が繁栄し過ぎて日光が届かなくなって枯れると、このヤッコソウがまず繁殖して、森を再生させると聞いて、忘れられない植物の一つとなった。
 徳島県から沖縄に分布しているとのこと。
 いつか本物にお目にかかりたい。


高月幼稚園
 今年二月、突然高月幼稚園の休園を知った。それも新聞紙上で。 少子化と働くお母さんが増えて保育園志向になってきていることは承知していたが、まさか穂崎・岩田・和田・馬屋地区から幼稚園がなくなるとは思っていなかった。自身の子どもの頃を思い出してみても、幼稚園は子どもの足で歩いてゆけるところにあった。
 幼稚園時代に恐らく最初に習った歌であったのだと思うが、 大きな栗の木の下で  あなたとわたし 仲良く遊びましょ 大きな栗の木の下で という歌は、初めて親から離れて生活する不安や、幼稚園の先生への思い出、幼稚園バックを肩に掛けた時の誇らしい気分を、幾つになっても思い起こさせてくれる。

 秋のある日、高月幼稚園児が揃って、薬局に来てくれた。


 遠足で見つけたものを使ってアクセサリーやケーキを作ってお店屋さんごっこをするので、招待しますとのこと。
 とてもお伺いしたかったのだけれど、時間的に無理。
 そこで、どんぐりの歌を歌ってもらいました。  どんぐりころころ  どんぶりこ・・・  私はずっと、「どんぐりこ」と覚えていたので、一緒に「どんぐりこ」と歌ったところ、一人の園児が「お池に、どんぶりこ とはまったんだよ!」と指摘してくれました。
 あしひきの 山桜花 日並べて  かくし咲けらば  はだ恋ひめやも (山部 赤人) 桜の花が人の心を捉えるのは、満開の豪華さと、その花の咲いている期間があまりに短いことが一因かもしれない。
 どんなことにも、やがて終わりがやってくることを考えると、山陽町という地名が無くなり、高月幼稚園が休園になることも、いたしかたのないことなのだろう。無くなる瞬間の淋しさを、如何にして乗り越えようか?と考えた時、高月幼稚園の園児達七人が、幼稚園生活で描いた最後の絵を掲載させていただくことを思いついた。 集まった七枚の絵を見て感動した。
 どの絵も皆、笑顔である。幼稚園での楽しい思い出が、小さな心に刻み込まれているのであろう。
 
イスラエル軍に攻撃を受けたガザ地域の子供達が、黒い太陽や赤い戦火を描いているのとは対象的にである。 平成二十一年三月十七日。最後の卒園式。

薬 指 『ゆびきりげんまん』をする時の指。口紅を直すときの指。 普段あまり登場する機会のない第四指。これらを第二指や第三指で行うと、さまにならない。  この第四指の名前が、薬指。

 なんでも薬を器の中で混ぜる時に使う指であることが、語源だとのこと。普段あまり他のものを触ることがないので、薬を混ぜる時に使われるのだそう。

 昨年秋、奈良教育大の構内から新薬師寺の基礎の部分が見つかったという記事を目にした。かなり大きなお寺だったようだ。病気平癒を祈念して建立されたらしい。薬師如来像は、右手薬指を少し前に出しておられる。  毎日薬に囲まれていると感覚が鈍ってくるのだが、健康に関する思いは、どの時代も変わらない。  薬指で約束をして、薬指で薬を混ぜて、薬指でおしゃれをして、そして、みんなで幸せに・・・。

登録販売者制度
 誰しも慣れ親しんだことから、急激に変化をすることには、一抹の不安を抱くものである。
 したがって新しいことにチャレンジするのは、決まって若い世代である。
 コンビニエンスストアという形態の店舗の利用者も、長く学生や若い世代に限られていた。深夜にお店に買い物に行くのは、なんとなく後ろめたい気分を抱いていた。

 しかしだんだんと、その利便性が世間の評価を得るようになると、深夜に薬が必要になった時に、コンビニエンスストアで販売できると国民の利益になるのではないか?という議論が持ち上がった。
 これに対する反対意見もある。薬には副作用や相互作用がある。果たして、手軽に購入できることが、本当に国民の利益になるのか?というのが反対理由である。
 この議論から、薬の知識を持つ人を増やそうと、登録販売者という資格制度が出来ることになった。 その第一回目の資格試験が、猛暑の中で行われた。全国の中で先頭をきって行われた東京会場では、熱気のあまり救急車も出動した程。

 この試験、選択方式ではあるが、結構難しい。薬を手軽に購入できることの是非については、一考する必要があると思うが、日本国内に登録販売者資格試験に合格できるほどの知識を持つ人々が増えることは、とても良い事だと思う。

 合格された人々の活躍に、期待している。 改正薬事法施行間近。


六十ハップ
 昨年は、硫化水素ガスによる自殺報道が多く見られた。これに用いられた、入浴剤の六十ハップ。 以前は、皮膚病である疥癬の治療に用いられたこともある。まさかこれが、硫化水素ガス自殺に悪用されるとは想像もしていなかった。

大麻汚染
 大学生の間で大麻草を栽培するのが流行しているとの報道がされる。大麻草の種子を所持するのは大麻取締法に抵触しない。その種子を育ててみたい気持ちになるのは、理解できる。 しかし、最高学府で学問を身に着けようとしている青年が、法を犯してまで、自身の好奇心を満足させようとする考えには賛同できない。

  下宿のベランダにプランターを隠すように置かれている様子は、見苦しい。 昨年末、年の暮れも押し迫ったある日のこと。メールが全く出来なくなってしまった。原因はスパムメールを捕獲する部分に、とても大きな容量のメールが引っかかっていた為であった。
  バイアグラのネット販売は、毎日数通から十数通届く。「薬局にバイアグラを売り込んで、どうするの?」と言いたいが、ネット販売の一面である。 今、医薬品のインターネット販売について、侃々諤々の議論が厚生労働省で行われている。 道具の使い方について、問われている。

 花間一壺酒 独酌無相親 挙杯邀名月 對影成三人 (李白)


酩酊会見
 名月と自分自身の影と一緒に花見の杯を交わす・・・なんてなんと優雅なお酒の飲み方だろう。
  大臣が大事な会見を控えて、昼間からお酒を飲んだのではないか?とずいぶん非難された。 ことの真相は別として、イタリア料理を食べる際に、ワインを嗜んだということまで、槍玉に挙げなくても・・・と思った。 食育が学校の指導要綱に取り入れられ、メタボリックシンドロームを減らそうとのことで、食事が重要視されている。
  そんなことから、伝統食について勉強をした一年であった。ワインや日本酒など発酵という技術を使って、食物を加工する先代の知恵にとても驚いている。 味噌・醤油・酢・漬物・納豆 鰹節・ふな鮨・くさやの干物 キムチ ヨーグルト・チーズ 今話題のバルサミコ酢・・・ 昨年、桜の季節の前に、一人の患者さんがあの世に旅立たれた。 ご専門は、酵素学。時々、酵素の産業利用について話をしてくださった。
 楽しいひと時であった。 お酒の好きな方であった。科学者として、薬の話にも充分耳を貸してくださった。
 そして時には、薬の作用機序について、考え方に間違いがあるのではないか、と指摘してくださった。亡くなられた今でも、それについては解決していない。 桜の季節を迎えて、お話のあれこれを思い出している。
 若き学生を指導することの難しさ・厳しさを言外に教えて頂いた。

タミフル耐性菌
 
今インフルエンザB型が巷に流行している。しかもタミフルが利かない症例もあるらしい。 いつ来るとも知れない新型インフルエンザに備えて、どうするか? もう一度、先代の知恵を学ぶ必要があるのではないだろうか?

後 記
  壁と卵。これは、作家の村上春樹氏がイスラエルで講演された際に、その講演の中で引用された比喩。たった一人の日本人作家が、戦火の収まらぬ国に出向いて、自身はどんな場合であろうとも、弱い側(卵)から物事を眺めたいと講演されたことに、言い知れぬ感動を覚えた。
 『長いものに巻かれる』という言葉があるように、世の流れに逆らうことは難しい。

 今年、高月幼稚園児の皆さんに絵を提供してもらったことで、人は生まれついて仲間を大事にして、笑顔を備え、おしゃれを好み、大地と太陽の存在を認識している存在なのだと気がついた。
 子どもたちから学ぶことの大切さに、目覚めた春である。
 瀬戸内市邑久町餘慶寺の薬師如来坐像の調査がなされるらしい。


発行日 二〇〇九年四月 発行者  赤磐郡山陽町岩田63-1 さくら薬局 TEL: 08695-5-5510