さくらだより第2集

8月6日
 昭和20年の今日、広島に原爆が投下され、日本の運命は変った。
 平成5年の今日、38年続いた与党自民党が野党になった。国会議事堂に響く土井たか子氏の声に、新しい何かを期待する自分を知る。変化するものへの限りない期待。人は同し所へ留まることはできない性をもつのか。
 何も知らずに逝った先人は、この変化をどうみるのか。
 変化の陰にあるものにも目を向けたい。日陰に“ゆきのした”の白い花が咲く。

9月1日
 今日から二学期。
 「おばちやん、先コウに追われてる。かくまって!」と一人の中学生が入ってくる。
 彼は必死。狭い薬局の中をいったりきたり。まるで、動物園の熊みたい。
 「どうして追われてるの?」「タベ親とけんかして、むしゃくしやするんで学校さぼったから」
 彼には悪いけど、とても微笑ましく感じる。
 彼はまだ、自分の幸せに気がついていない。テレビに映るボス二ア・ヘルチェゴビナの惨状に思わず顔をしかめる。
 爽竹桃の赤が、暑苦しく感じられない冷夏のおわり。

10月1日
 今日より、岡山大学付属病院の院外処方箋が発行となる。お顔を存し上げない医師によって発行される処方箋を、今までお会いしたこともない患者さんが持参されることに不安を覚える。恐らく、患者さんはもっと不安を感じておられるのだろうが、「これからもよろしく……」と言ってお帰りになられるお声に、一体私に何が出来るのかと考えてしまう。
 処方箋という紙切れによって、患者さんへひとつの情報が伝達される。その情報のもつ意味を、患者さんと一緒に考えたいと思う。
 「知らされること」を拒んではならないと思うこのごろ。

10月12日
 抗癌剤と帯状楕疹の薬との併用で、15人が死亡、という記事が新聞のトップを飾る。
 「エ~」という思いと、「ついに死亡事故に……」という思いが交錯する。エイズという病気が、フリーセックスヘの警鐘であった様に、今回の事件は薬の安易な使用に対して反省を呼びおこした。
 結核に対する薬がなくて、命を落とす若者が多くいたことは、昔話になった。けがをしても治療する薬がないのは、よその国の話。
 長雨で他のお花は元気がないけれど、秋桜は、とてものっぽになりました。

12月16日
 山陽自動車道・備前~岡山間、開通。刈り取りの終わった田んぼの上に描かれる曲繰、その向こうに夕日が落ちる。
 自然と科学技術の合体の美を見て、得体の知れぬ感動を覚える。
 古墳に眠る、かつての豪族たちは、宙を動く車のヘッドライトに何を思うのだろう。
 「貴方があこがれた大和の国も、日帰りの出来る距離となりましたよ。行ってみますか?」

2月11日
 三年前、福井県敦賀港で開催された「環日本海国際芸術祭」の模様を時々思いおこすことがある。日本海を囲む五カ国の民族の音楽の祭典であったが、かつて日本が支配を試みた国々には、私に理解のできない音が存在していることを知った。
 翌日、一乗谷の朝倉氏の居城跡を訪れて、雨の中に一面に咲くシャガの花を見たとき言い知れぬ感動を覚えたのは恐らく、日本文化への憧れであったのだろうと今では思う。
 「NO」ということで、日本の独自性が成り立つのだろうか? 岩田や穂崎にある池の数々を見る時、そこに生活をしたであろう古人に思いを馳せる。

一ロメモ
 咳止めの茶色い液体を服用されたことはありませんか? これには、桜の皮を煎じたエキスが入っています。
 桜の皮は、日本では江戸時代の名医、華岡 青洲考案の薬にも使われていますが、日本が漢方薬を学んだお隣中国では、使われていないそうです。ほんのり甘く、すっぱい味がします。



お知らせ
 岡山県では、薬についての情報および誤飲・誤用した場合の対処について「岡山県薬事情報センター」より、FAX回線を用いて情報を得られるシステムが平成6年2月より稼働しました。
 最寄りの薬局へお気軽にご相談ください。



後記
 さくら薬局をオープンして二度目の桜の季節を迎えることとなりました。ふり返ってみますと、昨年は変化の多い一年であった様に思います。
 過ぎ去ってしまえば忘れ去られてゆく日々の小さな出来事を、残しておきたいと思って、これを作成しました。
 来年の桜の季節にも発行したいと思っております。是非、皆様の日常の小さな出来事について御寄稿いただけます様、よろしくお願い申し上げます。

発 行  1994年4月
発行者  赤磐郡山陽町岩田63-1
 さくら薬局
 TEL: 08695-5-5510