さくらだより第25集

ビックリ

申年は、“荒れる”というが、昨年は著名人の不倫騒動で年が明けた。他人様の不倫問題に大衆が迎合するのはなんと平和な世の中だと思っていたら、人気アイドルグループSMAPの解散発表。アイドル(本来の意味は偶像?)だと思っていた5人も、気がつけばアラフォー世代。二十五年間お疲れ様と思ったが、世間が騒ぐほどには、ビックリしなかった。
四月の熊本地震。最初のゆれより二日後のゆれがひどかったことに驚いた。阪神淡路大震災クラスの地震規模で、熊本城の崩壊もひどいが、東北大震災のショックが大きい為か、それほど取り上げられない。何もお手伝いできないので、せめて熊本県産フェアに協力しようかと思って探してみるも、ほとんど見当たらず。道路の不通で、熊本・大分県産の物の流通がしばらく滞っていたことも原因かもしれないが、その後の復興の様子もほとんど報道されない。
それ以降に起こった事件は、東京オリンピックを目前にして前東京都知事の公金不正使用・女性東京都知事の誕生・豊洲市場地下の盛り土問題。まさかの市場移転延期。国内の騒動だけではなく、英国のEU離脱にビックリし、トランプ氏が米国大統領に指名された時には驚愕した。
これでビックリはお仕舞いだろうと思っていたら、年の暮れの糸魚川大火災。消防体制が整っている現代の日本にあって、住宅地でこれほどの大火事が起こるとは思ってもみなかった。焼け出された人々がどれほど不安な年明けを迎えられたかと思うと、何も出来なくても他人事だとは思えない。
年が明けて、酉年になったにもかかわらず金正男氏毒殺。まさかの事件に、ますます拉致被害者の帰国が難しくなるのでは・・・と年老いた拉致被害者の親御さんのお姿を思い浮かべてしまった。

薬の分野では、一人の年間薬剤費が約三千五百万円という肺がん治療薬が発売された。さらには、一瓶(二十八錠入り)約百八十万円の肝炎治療薬の偽薬が市場に流通をしていたことが発覚をした。長く薬に関わってきたが、前者の金額を知らされると、命の値段を考えさせられてしまった。後者については、過去にも偽薬というのはあったが、今回発覚した偽薬はそのずさんな様子に驚いた。幸運にも服薬をされた患者さんが、現時点ではおられないが・・・。

 写真は、キヌガサダケ。赤磐市馬屋 兜岩の麓にて、平成二十八年六月国末様撮影。
 レース編みのドレスを着たよう。スッポンタケ科。


かかりつけ薬剤師
 昨年四月から「かかりつけ薬剤師」という制度できた。お薬手帳に『かかりつけ薬剤師は、○○薬局の△△』の記載を見つけると、処方箋を持ち込まれた当人に、「出来れば○○薬局の△△薬剤師さんの調剤を受けてください」と話をするので、調剤を拒否されたと勘違いをされて、不愉快と感じられたようだ。
 店頭で手短に、“かかりつけ薬剤師”の仕組みについて説明をするのは大変で、言葉足らずのことがあった。それを初めて聞く患者さんは、理解が出来なくて当然。私自身もこの制度設計された役人の方々の真意を十分理解をしているとは言えないが、私が理解をしていると考えていることを書いてみようと思う。

 もともと日本では、診療を行った医師が薬を出すことが普通であった。江戸時代漢方医が主流であった頃は、医師自らもしくは家人が薬となる植物を栽培しており、それらを収穫して薬として用いていた。入手が困難な、動物生薬や鉱物生薬・さらには産地が限られている生薬はそれを専門に取り扱う薬問屋という職業が存在した。さらに医師の診察を受けることはとても費用のかかる贅沢なことであったので、庶民は簡単な病気は民間療法で、それで良くならない場合は置き薬を用いたり、薬(問)屋で薬を調達していたのだろう。
 その後、西洋医学が導入をされて、医師は病気の診断・薬剤師は薬の調合という仕事の分担をするべきだと長年言われてきたが、それでも平成の時代になるまで、診察を受けたところで薬も渡される体制が続いた。薬問屋から発展した医薬品メーカーから供される製品としての医療用医薬品では医師の診察に間に合わないものもあり、各病院や診療所で独自の薬を作っていた。薬剤師の出番であった。(古語になってしまった感があるが、これらを約束処方と呼んでいた)処方内容はあるのだが、どんな順序で薬を混ぜ合わせるのか?あるいはどこの製薬会社の原料を用いるか?などコツは口伝で伝えられていたので、処方内容を見ただけではうまく薬を作ることができないこともあった。時代を経るに従って医薬品メーカーの製薬技術が進歩したこと、診療におけるEBM(エビデンスに基づいた治療)が提唱されるようになり、医は仁術からガイドラインに基づく治療へと変遷していくことにより、診断をして病名がつくとガイドラインに基づいた薬が用いられるようになった。
 複数個所の病院を受診すると同じような薬効の薬が数種類処方されたり、さらには製薬の進歩により薬効のシャープな薬が供されるようになって、薬同士の相互作用が問題になるようになった。(帯状疱疹の治療薬と抗がん剤の併用で一ヶ月に十五人もの死者が出たことは大変ショッキングなことであった)。この頃から、医薬分業の必要性が特に声高に言われるようになり、病院の前に「調剤薬局」が林立するようになった。
 医は仁術であった時代には、ほぼ一人の医師が病気の治療にあたっていたが、EBMが提唱されるようになって専門医が治療にあたるようになってきた。薬効の強い薬が発売されると、専門医でなければ処方できないということもでてきた。すると身体の複数個所に不調をもつ患者さんは、複数の医師の診察を受けることになる。さらには診断名のつかない場合、もしくは診断はついても有効な治療薬がない場合、不調をなんとか解消をしようとして市販薬や健康補助食品(サプリメント)を手に取るようになる。これらの管理を「かかりつけ薬剤師」という職能をもつ薬剤師に、技術料(現在一回の処方箋調剤について七百円)を与えて担わせようとしたのだと考える。
 処方箋どおりに薬をお出しすることは、保険薬剤師免許があれば出来るが、「薬が病気を悪化させているのではないか?」というようなことも含めて考えるには、患者さんとのコミュニケーションと信頼関係が必要である。このようなことの出来る薬剤師の養成を、役人は考えておられるのだと思っている。


 「休・祝日・夜間でも、お薬のことは相談に乗れますよ」と豪語している薬剤師もいると聞くが、現実はそんなに容易くはないと考える。頭の中に入っている知識は多くなく、調べるにも常に書籍やインターネットがある環境に居るとは限らない。正しいと思っていた知見も、知らぬ間に学会で否定されていたりする。
「かかりつけ薬剤師」を決めている方々には、どうかこれから薬剤師が精進をしてゆくことを長い目で見守っていただきたいと願っている。



電子おくすり手帳
一昨年の夏頃より、お薬手帳の内容をQRコードで印刷をして、スマートフォンのカメラ機能で取り込む仕組みを導入した。当初は各自のスマートフォン内で管理をしていただくだけのつもりであったが、スマートフォンの持ち主がサーバーにデーターを転送すると他の施設でもその内容が閲覧できるというので、昨年夏頃に当方も環境を整えた。しかし、それ以降原因不明の不具合の連続で今に至っている。そんなわけで、昨年秋ごろより、あまり積極的に紹介をしていない状況が続いている。今のところ調剤をした薬の内容はQRコードをカメラで読み込むことで簡単入力できるが、市販薬を購入した時、あるいは副作用を起こした薬を記録に残したい時には、文字を打ち込まないといけない。携帯メールに慣れている人にとってはなんでもないことなのかもしれないが、カタカナの薬の名前を正確に打ち込むのはちょっと面倒かも?
さらに発行された処方箋をカメラで写してスマートフォンに取り込んで、調剤を受ける薬局にその処方箋画像をサーバーを介してFAXする機能もある。近い将来には、処方箋が電子化されて、薬局に伝送される時代がくるのであろう。
サーバーに色々なデーターが蓄積されるようになると、それらを使った新しい試み(人工知能の活用)がなされるようになるだろう。


悪魔の飽食
森村誠一氏の小説。この本を読みきるまでに何度閉じたことか。吐き気を催したくなるような内容であった。当初は、日本軍が戦時下で捕虜に対して行った人体実験を暴露した本だと言われた。後に森村氏によるフィクションの部分もあるのではないか?と言われた。最近になって、戦後この実験に関わった複数の軍医の命と引き換えに米国に没収されたという人体実験に関する資料が、そもそも存在しないのではないか?とも言われている。真実は、わからない。

旧「ミドリ十字」による非加熱製剤でのエイズウイルス感染の事件後、この会社の生い立ちを調べた時、戦時下の人体実験の重要な立場にあった人が会社設立に関与していたことを知って愕然とした。というのも、悪魔の飽食の本が世に出る前、「ミドリ十字」という会社は優良企業で、薬学部の同級生でも優秀な人が早々と就職を決めていた。彼らが就職して話すに、「うちの会社では、内服薬は薬と認めていないんだよ。直接体内に影響をする注射しか薬と認めないんだよ。」と自慢そうに話していた。当時はどのような薬の開発が行われているのかについてまで関心がなかったが、すごい会社だなあと思ったことは記憶に残っている。

「非加熱製剤で安全」という会社の見解は、血友病患者さんへの実験ではなかったのか。加熱製剤の安定的入手が困難でしかも血友病を治療する方法が他にないのだかたら、その実験は必要だという判断であったのだろう。もしかすると同級生も関わっていたかもしれない。
一方、血友病という難病を患った上に、エイズウイルス感染からいつ発症するともしれない免疫不全にビクビクしながら日常を過ごさなければならない患者さんの一生を想像すると、やりきれない。

昨年秋、子宮頸がんワクチン接種後普通に歩くことも話すことも出来なくなった少女に会う機会があった。大変な時間をかけて立ち上がり、ゆっくりと搾り出すように彼女は言った。
「子宮頸がんワクチンを接種する前は、何度もワクチンの必要性について説明があった。しかし身体がこのようになってからどこへ相談をすればよいのか、誰も何も言ってくれない」と。
健康な少女が、ワクチン開発の犠牲になってしまった。将来、子宮頸がんになって命を落とすかもしれない誰かを救うことになったのかもしれないが・・・。

いつの頃からか『人体実験』という言葉が頭の片隅にあるようになった。悪魔の飽食という本に出会って以降のことだと思っている。
スペイン風邪の猛威は、新型ウイルスの登場だけではなく、当時発明された解熱剤のアスピリンの大量使用が関与していると言われている。風邪薬に含まれていて鼻水や咳を治める抗ヒスタミン剤。現在でも多用されているが、これが小児の未発達の脳の機能に影響を与えるということで、最近になって注意喚起された。小児用液体風邪薬の一瓶を、成人が一回に服用すると風邪症状がすっきりと解消するということで、ずいぶん巷で流行し大量販売されていただけに、今頃になって・・・と驚いた。脳代謝改善薬という分類の薬は、かなりの期待を持って発売されたが、まもなくその効果が疑われるようになり、医療現場から消えた。それらと代わる様に「認知症の進行を遅らす薬」というのが発売されているが、その効用について必ずしも評価できているとは思えない。
昨年、降圧剤やコレステロール降下剤などが必要ではないという記事が週刊誌上に取り上げられて、混乱が起きた。ポリファーマシー(多剤併用)が問題視されるようになった。
四半世紀以上、薬のことを考えてきたが、結局何が正解なのかわからない。結核をはじめとする感染症を薬で制御できているとは言えない。コレステロール高値や二型糖尿病は、結局は生活習慣を見直すことが基本という、薬が発売される以前の状態になりつつある。
診断名はついても、治療薬がないという病気もたくさんある。さらに治療薬はあっても、その金額に躊躇されている方もある。薬の開発を待ち望むし、開発された薬が必要な人に使われて奇跡が起こることを夢見ている。しかし、科学の発展というのは単純ではなく、開発された物質が悪用されたり、不正な利益を得る対象に利用されたりを繰り返している。
薬学部に行きたいと言う若者に最近よく出会う。私が薬学部を目指した頃は、地味な学部であった。
当時は新しい薬の開発が、“儲かる”という発想もあまりなかったように思っている。
 昨年夏、肝臓癌で一人の男性が旅立った。末期に使われた抗がん剤。一ヶ月に八万円(自己負担分)の薬代。副作用の下血で貧血がひどく、食べられなくなってやせ細り、そのまま旅立たれた。本当に必要な薬だったのかなあ・・と、今でも悩む。

春は曙
やうやう白くなりゆく山際すこしあかりて、紫立ちたる雲の細くたなびきたる。

枕草子の一節。才女、清少納言によって平安中期に書かれた書物。
今からおよそ千年前、春が近づくと周囲が白っぽく明るくなると書かれている。人の感性は時代を経ても変わらないものだと驚く。山に桜が咲いて遠目にぼんやり白く見えるのも、春ならではの景色。

冬の凍りつく夜は、キラキラと輝く星空に目を奪われて空を仰いでいたが、東大寺二月堂のお水取りの時期が近づく頃には、開花を待つ桜の枝が肌寒い風に揺れる姿に英気をもらう。病気と闘っている人々は、ことさら春を待ち遠しく思われるだろうなあと、誰彼のお顔を思い浮かべる。『やうやう白く』のフレーズに、清少納言の春の到来を待ち望んでいた気持ちが伝わる。
神様は自然の中に「薬」を用意してくださっている、と感じる。
 

後 記
 昨年は、パクチーという匂いのきつい野菜を使った料理が流行した。岡山で改良されたあまり匂いがきつくない“岡山パクチー”が人気らしい。セリ科の一年草。漢方薬で用いる代表的なセリ科植物は当帰。これを使って調剤していると、香りで癒される。効能は血の巡りを良くする作用。
 振り返れば昨年一年、ビックリすることが相次いで、世間に不安感が蔓延しているようだ。香りのある食べ物で、気分一新してみようかと思う。

 今年二月は、故・中村勘三郎さんのお孫さん二人の襲名披露公演が歌舞伎座であった。わずか六歳と三歳の子供が、二十五日間毎日大きな舞台に出て、桃太郎を立派に演じた。役者魂が二人の遺伝子に書き込まれているかのようである。勘三郎さんがおられたらどれほど喜ばれて、どんな舞台を作り上げられたのだろうかと想像すると、治療薬の開発が間に合わなかったことが残念である。


発行日 二〇一七年四月